開拓団の入植が九州の杵築に決まり一段落した頃、父が親しくして頂いた、M,S,Gなど歯科関係の商社社長さん方のお勧めでやっと御神輿をあげ、宇和島に帰って開業することになりました。昭和23年のことです。開業地は旧鎌原通りの樋口虎若邸に間借りです。今の京町、社会保険病院の前で、現在も目を引く洋館が健在で御子孫がすんでおられます。当時社会保険病院は鎌原通り上の角のほんの一角で、今の様には広くなく、丸島邸、樋口邸、森邸などたくさんの塀に囲まれたお屋敷が続いていて閑静な高級住宅街でした。
昭和28年に現在の地に木造モルタル二階建ての医院を新築して移転しました。周囲はまだ、戦災の跡が方々に残っていて、崩れ残った土塀の中でとうもろこしが実っていたり、といった状態で、角にショップガイド、つぎが中浦内科、そして3軒目が当久保田歯科医院で今日に続いております。 |
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